「王子、王子お休みですか?」 控えめな叩扉の音に、気遣う声音。 「うん、ちょっと疲れたんだ、ごめんね」 「いいえ、ゆっくり休んでください、お休みなさい」 「お休み、リオン」 扉の前で座り込んでいるのは変装もしていないロイだ。 仏頂面を決め込んで、足音が遠くなるのを確認してから向き直る。 奥の間、窓辺に立つファルーシュは平民の装いに、念入りにもロイの髪と同じ色の鬘をかぶっている。 「おっまえ、バレたら怒られるのは俺なんだぞ?」 「大丈夫、中に人の気配がしてたらリオンは疑わない」 「おい・・・」 手の甲に宿した風の紋章を見せて笑うファルーシュの表情はいたずらな子供のそれで。 結局ロイもその表情にほだされるのだ。 普段痛みを抱えこんだ真っ直ぐな表情しか見せないから余計に。 「ルクレティアにも言ってあるから、よろしく」 「へーへー、気ぃつけろよ」 おざなりに放り出した言葉に、目を丸くしてくる辺りがなんとも腹立たしい。 「ありがとう、土産を期待しててくれ」 明日から王子は流感で寝込む予定なのだ。だからロイは影武者に立って、その間リオンは彼の傍にいるという寸法。 その提案にロイが飛びつかないはずがない。それでもその感情を表に出すのは格好悪いと、虚勢を張るロイは悪戯っぽく笑う。 「あの不良騎士にだぞ」 エストライズの市で、北国の珍しいものが集まるという事で、ファルーシュはお忍びで遊びに行くのだ。 カイルに誘われて。 窓から飛び降りようとしたファルーシュが、その一言に妙に動揺してずり落ちる。 窓の下、緑の光が溢れたことで無事に出かけたことが窺えたが、ロイの忍び笑いは止まらなかった。 どうにもあの不良騎士にファルーシュは弱いらしい。 彼が関わると途端に年相応に見えるファルーシュが新鮮で、親しみが持てると言えば怒るだろうか。 |
月 夜 の 晩 に ふ た り で |