「王子殿下」
「やぁ、オボロさん。こんばんは」

キサラの切り盛りする酒場に誘われた王子は、持ったグラスを少し揺らして笑った。
「話がしたいって聞きましたけど、よりによって酒場だとは思いませんでしたよ」
「いえいえ、王子はもう十分、こういった場所でも大丈夫かと思いまして」
ねぇ、それ、上等のワインでしょう?と尋ねればくすぐったそうに笑う。
「それで、話って?」
「ふふふ、正直に申しましょうか。殿下が私どもに調査をご依頼頂くのと同じように、複数の方から殿下の調査を請け負いまして」
「ははぁ、じゃあ僕は初めてオボロさんの調査対象になったわけですね」
誰からの依頼か、・・・は聞いても無駄ですよね。
グラスがほのかな光を反射して、机に複雑な波紋を描く。
「じゃあ、何を聞いてくれるんですか?」
おおまかな経歴はいわずもがな、でしょう。
「そうですねー、主な身の上は公な王族のお一人ですから、ああ、そうそうひとつ面白い依頼がありまして。なんでも殿下の弱点を知りたい、と」
王子の瞳がキラリと光った。
「弱点、ですか」
「ありますか?虫とか、食べ物とか」
「オボロさんにとって僕は幼稚園児かなにかですか」
ぶー、と頬をふくらませれば、薄く微笑んだ探偵は困ったように謝る。
「ああ、いえ、そうではなくて。まぁ・・・ありますか?」
「そうですね・・・」
ぼんやり、頬が熱い。弱点、これを依頼したのは間違いなくロイだな、と脳裏によぎる。


突かれて、弱い所。大事なもの。愛しい人。


「沢山、あります」



出会った人、城に集った心。嬉しい、温かい、愛おしい、守りたい。


守らなくては。





遠く隔たれた妹。いつか、必ず。





オボロにどう答えたか、覚えていない。
酔った勢いで随分大きな事を言った気がするが、彼は口を噤んだまま。
よもやとんでもない事を口走ったかと問いつめても、
「誠心誠意、オボロ探偵事務所は王子殿下について参ります」
と誓われたので、おそらく大丈夫だろう。

ロイに何と報告したのか、それだけが気がかりだ。







***