疑惑が晴れるまでの数日、ただ飯喰らいは性に合わないとのたまったファレナ組は、トランの兵士を完膚なきまで叩きのめした。曰く、訓練、らしい。
 いやむしろおおっぴらにテロだろう、と話をきいたティルは思った。
彼の師匠で武術指南役のカイは大笑したものだが、クワンダ・ロスマンとカイルの割と容赦なかった一戦や、遊ばれているようにしか見えなかったカミーユとファルーシュの戦いなどは兵達に相当ショックを与えたらしく、更には兵卒を下がらせた上で戦ったアレンとグレンシールも、なんと敗退していたらしい。
 まぁ、勝ててたら勝ててたで、引くけどな…。
 まるで軽く運動してきました的な薄汗で爽やかに笑う二人は、かつてないトラウマとしてトランの歴史のページを飾るだろう。華々しく。
 半壊した自宅の2階、その窓から見送られる国賓をみるともなく見ながら、ティルは小さく笑った。
 扉を叩いて、紅茶の香りをさせながら入ってきたグレミオが、ティルの足元に整えられた旅装を見て俯く。
「もう、行かれるのですか?」
「ううん、…そうだな、明後日には」
「そうですか」
 どちらへ、と問わないグレミオの心を、ティルは初めて思った。
 一年前には、どこへ行くにも必ず聞いてきたグレミオだったのにあまりにティルが応えないから、いつの頃からか問われることはなくなった。
「気になる?」
「ええ…グレミオはいつでも、坊ちゃんのことが心配です」


 でも、それが坊ちゃんの負担であるなら。




紋章は、宿る人だけを不幸にするのではないよ。
そして、紋章だけが人を不幸にするのではないんだ。



 公の場ではない、短い別れの時間の間で、ファルーシュからティルに囁かれた言葉。
 あなたに分かるものかと反駁がよぎった。知らないくせに、命を奪うあの無慈悲な力を。望まぬ離別の悲しみを。
けれど見返した瞳があまりに哀しみに満ちていて。ティルの知らない苦渋を滲ませた大人の目は、子供のティルの口を封じた。


少しだけ、意味が分かった気がする。
 俯いたままのグレミオの手から、紅茶のカップを受け取り、笑いかけた。
「北へ行くよ。いろんな国を見てみたい」
 返された言葉に、グレミオは目を見開いて、相好を崩した。


(了)


 北の果てまで、国が尽きたら今度は南へ。
 どこへでも行ける。


 私の体に縛はない。