天
上
の
青
は
今
日
も
とんとん、確かめるように場を踏んだ。剣先は緩やかに弧を描く。
「カイル、一の型、覚えているか?」
「んん〜自信は、あんまり、ですねぇ…」
女王騎士の演舞は50をはるかに超える。儀式典礼、季節に応じて変わる差異を見極めるのも技術のひとつだ。現役時代でも怪しかったのだから、現在は問わずもがなである。予想通り、苦笑いが返って来た。
「どれなら確実だ」
「うー…? 水の型、2番か…15?」
「あー、アレか、分かった」
ふぅ、と息を整え、互いに距離を取る。一歩、二歩、三歩。この距離にすら、細かく規定がある。
二人を囲むように、大きな人の輪が出来上がっていて、まるで鍛錬場のよう。あるいは。
「…なんか、懐かしい感じですねー」
「そうだな、…レパント殿、よろしいか?」
ざわめきの中、返事のように掲げられた手を合図に、互いに構える。
縦に、半弧を描いて肩に、両手を添えて。
金属の衝突する涼やかな音が広がる。
流線を描く動き、切っ先の流れ、触れ合った剣の音は剣舞にふさわしくないほど高く美しく響く。居合う気迫も、背負う気概もなく、ただ流れるように剣をあわせるそれはまさに演舞でしかなかった。それでいて技術は高い。
数ある演舞のなかでも上位にあがる難易度は、触れ合う剣の音を鈴のように響かせあう技術が必要だからだ。少しでも打ち合う角度が違えば途端に聞きなれた戦場の音に変わる。また同時に騎士服に必ず着いてくる襷、それが立ち位置を変えるたびに揺れる動きも計算され、一歩でも踏み方を間違えればそれも台無しになってしまう。
カイルは一兵士の正装だったが、特別に襷をなびかせ見事に打ち返してくる。
あっという間に静まり返った庭園に、楽のように響く剣の音。
それは唐突に打ち破られた。
「大統領、レパント様!!」
甲高い声に、混じるのは必死の気配だ。緊迫した空気の中、落ち着き払ってレパントが応えた。
「…なんだ、騒々しい、場を考えんか!」
「テ、ティル殿がっ…!」
英雄の名は公にされていない、がレパントの表情を見れば重要な人物であることは察せられる。誰もがその闖入者に視線を向けた。だがそれすらも目に入らないかのような悲壮感を漂わせ、レパントの目配せにも気づかず、使者は一気に言い切った。
「ティル殿が、シークの谷にて、お亡くなりにっ…!」
人の輪が一気にざわめく、中には悲鳴さえ上がった。それをさっと手で黙らせ、幾分顔色の悪くなったレパントは先を促す。
「馬鹿な、あそこには慣れておられたはずだぞ」
「それが…何者かの襲撃に遭われたらしく、同行者もろとも…」
「なんですと!?」
同行者とは言わずと知れた、群島諸国の少年だ。その正体を知っている提督は大声を上げた。大股に歩み寄り、眉間に皺を寄せた顔は猜疑に満ちている。
たかが、数人の人間に、殺せるはずがない。一個軍隊でも厳しいのに!
「そんなはずは、…その情報は確かな筋ですかな!」
使者は、頷くと同時に懐から汚れた布を取り出した。黒ずんだそれは、ところどころのぞくもとの色合いから、ティルの頭を飾っていたバンダナに違いない。引き裂かれ、血にまみれたそれは、激戦と最悪の可能性を匂わせていた。
演舞に使った剣をしまい、ファルーシュとカイルもそれを検分する。近寄った二人に、使者は殺気のこもった視線を向けた。
「こちらが、刺客の凶器と思われる武器です。…っ恐れながら、柄の御紋はファレナの紋かと存知ます!」
いっそう空気が重く静まった。
***
演舞は趣味です(言い切り)
使者は何も知らない設定です。(ここで言うな!)