「・・・ここか」
「うん」
 一連の作業を終わらせ(視界にちらちらよぎる狼煙の煙は出来るだけ意識に入れない方向にした)行き着いた先、小さな広場のように開けた場所で、リィがぽつんと言った。
 奥の奥、水晶の散在する間に伸びた月下草の茎を珍しそうに眺めているので、ティルは一応むしるなとだけ釘を刺した。なんかの役に立ちそうだと思ったらこいつも容赦しないタイプだと思ったので。バンダナを奪われた頭はなんだかとっても違和感だ。体のバランスが上手くない。
「・・・何も、無いんだな」

「・・・ああ」

 その言葉の指すものが、テッドの痕跡だとすぐに分かった。ある筈が無い。
「ふぅん・・・」
 と呟いて、リィは何処を見るでもなく広場の中心に立った。少し距離を置いて、ティルも立つ。
 ただ何を思うでも無く。否、想ってしまえば動けなくなる事が分かっていたので敢えて何も考えなかった。

「テッド」

 数瞬、ティルにとっては数刻ほどに感じられる空白の後、リィがぽろりと言葉を落とした。
 知らずティルの肩が震える。
「お前に会えたら、聞きたいことは山とあった。150年のうちにどれほどが変わり、どれほどが変わらなかったのか。お前の得たもの、失ったもの。俺が見た事、聞いた事。」

 だがそれももはや意味をなさなかったな。

 感情の色の無い言葉が、ティルに突き刺さる。責める響きはなかった。それが辛かった。
 責められたいわけではない。けれど真正面から責められるより酷いものに感じた。耐えきれず俯いた瞬間。


「失うばかりではなかっただろう、テッド。失った過去より素晴らしいものを、得たのだろう?」


 若い声に相応しくない哀切の響き。



「『親友を見つけた、お前に自慢してやる。お前のスノウよりずっといいヤツだ』」




 苦笑含みに。



「まったく随分な言われようだと思ったが、確かにスノウは負けるかもしれんな」


 リィはふと腰の袋から何かを取り出して、ティルに投げた。顔面でそれを受け止めたティルはそこに濡れた染みを見て、自分が涙を流している事に気付いた。渡された手巾で顔を覆う。
 悲しいのではなかった。嬉しかった。


「済まなかったな、無理に付き合わせて」
「・・・いや、僕こそ取り乱して済まなかった」
 思ったより時間は過ぎてなかったようで、戻ってみてもまだ竜騎士は居なかった。ファルーシュ殿下とカイルの二人はあの驚異的な魔力ですでに谷を去っていたようで、影も跡も何も無かった。恐ろしい連中だ。
 ず、と鼻をすすり、ティルはリィを見る。視線を向けられて、リィも見返した。
「竜騎士が来るまで、・・・いや出来れば時間の許す限り、聞かせて欲しい。テッドの事」
「そうだな、俺もあれほど人の変わったテッドの事を、知りたいな。親友の、お前の口から」
「・・・あれほど?」
「家人に聞いたテッドの印象は、俺の知ってるテッドとあまりに違う」
 よもや別人かと思うくらいには。
 笑い含みに次がれる言葉は幾分か親しみに満ちた響きで。

 ティルもつられて、少し笑った。

***
殿下:尊敬と憧れと畏怖。
リィ:テッドを挟んでちょっと友情。
そんなカテゴライズ。