「なん、・・・?」
「え・・・」
 不意の声にとっさに敵から距離をおいたティルとリィは凄まじい紋章で凍り付いた刺客に目が点になった。その攻撃から運良く逃れた幾人かの刺客も氷付けになった仲間を見て流石に手が止まっている。
 時間差で着地した二人の内、リィの初めて見る男、カイルの方はすぐさまリィの方へ足を向ける。
「ありゃ、結構やられてるねー」
 と右肩に手を近づけ、ほとんど詠唱らしいこともせずに水の紋章を発動させる。柔かな水の波動に、疲労も痛みも遠のいた。
「・・・殿下?」
 カイルの紋章に癒されながら、ティルは確認するように呟いた。
「まぁ、聞きたいこととか言いたいことは沢山あるだろうけど、今すべきなのはそれじゃないな」
 唇を引き上げたファルーシュの顔は、けれど笑ってはいなかった。
 分厚いマントを投げ捨て、式典前に見た、赤い武器を取り出し鎖の音も軽やかに組み立てる。三節棍のようだった。

「さて、誰からの命令かな? 暗殺者諸君」

 びり、と殺気が応えた。背筋を伸ばしそれを臆さず受け止めるファルーシュの横に、カイルが剣を構えて並び立つ。見慣れない構えはファレナ流か自己流か。
「倒せても、倒せなくてもトランの英雄と群島の客人を傷つけたとなれば国際問題だ。おまけにファレナの英雄がトランに来ていて?暗殺者はファレナの解体したはずの女王直属暗殺部隊で?」
 あざけるような口調に、その内容にティルは目を見開いた。それも視界に入っているだろうに、ファル−シュは刺客の武器を拾い上げる。
「潰したように見せかけている、がお粗末だな。すぐにファレナ王家の家紋だと割れるじゃないか。こんな粗雑な剣、軍にも配っていないがな」
 それを投げ捨て、眼光に鋭さが増す。声音は氷点下だった。
「真偽はともかく・・・国交は難しくなるし、ティルが死んでれば最悪だったな。どちらにしろ僕とファレナの権威は失墜だ。英雄殿の負傷か、死亡はまたとない好機か?怒りにまかせた英雄シンパの群衆が見せしめに僕を殺すなりすればあとは勝手に動く。いや、それも依頼したのかな? 君たちに。国力としてはファレナが圧倒的に上だ、武力だろうと経済だろうと当然ながらトランは属国化するだろうな。ついでに真の紋章が手に入って現女王派とも対等、万々歳!・・・とでも? 采配が甘すぎるな愚か者が」
 するすると導き出される現状に、ファルーシュ以外の三人は呆然と聞くだけだ。カイルだけは徐々に顔色を変えて、小さく呟いた。
「ファル・・・、幽世の門っていうか・・・」
「秘薬の製法を知ってる人間がまだ捕まっていない」
 だがまぁこの末端じゃ分からないだろうな。
 すっぱり答えるファル―シュの表情に、迷いも何も見いだせない。彼の中では完全に予想された顛末だったのだ。
 全くもってあの軍師殿に似てきたものだ!
 カイルは心の中で叫んだ。
「ファレナ王家の家紋の偽造、およびトラン・群島の要人暗殺計画、そこから推測される大戦迎合・・・国益を乱そうとし、我々を、ファレナ王家を侮辱した罪は重い」
 言葉が途切れた途端、ファルーシュの気配が変わる。文官のようだった姿が一気に武人に切り替わる。それに応ずるように刺客も気配を変えた。すでに凍って絶命した者と同じように理性を無くしたような咆哮、人にあらざる動き。
 だがファルーシュとカイルはそれ以上だった。力や素早さは刺客の方が勝っているが、技量は二人が遥かに上だった。
 頭上高く跳躍した刺客の刃の届く前に、懐に飛び込もうとした別の刺客を打ち返し、返す棍で剣も砕いて側頭部を薙ぐ。背後を狙う相手を最小限の動きでその急所を穿ち、絶命させるのはカイルの役目だ。
 互いに互いを補い合い、呼吸の合った鮮やかすぎる動きにティルとリィはただ呆然とその戦闘を見送った。
 もともとリィとティル、また上空から放った紋章で半数以下に減っていたとはいえ、残った者はすべて烈身の秘薬で自身を強化している。だがそれを軽々と打ち倒すこの二人の化け物ぶりは何だ。

 大国、ファレナ女王国の恐ろしさを別の意味で思い知るティルだった。レパントに言っておこう、 あそこは敵に回すな と。強く。王兄殿下が存命の内は絶対に!

***
ひぃいかえおろおおおお!!!