天
上
の
青
は
今
日
も
「生きてるか?」
「・・・・・・」
返事は無い。
もはや屍のようだ。
竜騎士の方は籠の惨状をみて言葉を失っている。竜は何とも悲しそうな鳴き声で呻いた。
リィは水晶のきらめく谷の美しさも目に入らないようで、薄青いそれにもたれ込んでぐったりしている。たぷん、と音をさせておかれた水にも見向きもしない。
死んだ魚のような目
が全てを代弁していた。
しばらくは動けそうにないな、と判断し、竜騎士には平謝りしながら一度戻ってもらう事を提案した。あの状態のまま待っててもらうのは、ある意味英雄的行為だとしてもどうだろうと思う。
普通に拷問だろう。
飛び立つ翼音と一声鳴き声をこだまさせた後、谷は再び静寂に包まれる。
時折きらりと硬質の光を振り撒く水晶は、それ自体が魔力を帯びたものなのか、ゆっくりと明滅をくりかえす。足下の土すら、堅く光を映す辺り水晶の一部なのだろうと見当をつけた。リィはそれらをぼんやりと瞳に映し、ともすればこみ上げる吐き気に耐えた。陸酔いの比ではない。
かつてこれほど弱ったことがあっただろうか。
(罰の紋章はなんというか、一息に精神を持って行こうという意図が強く、身体面にさほどの影響はなかったと思う)(といえばケネスが真っ向から全力で反論してたであろうが彼はもう居ない)
ティルは所在なげに佇み、リィの体調が整うのを黙って待っていてくれてる。残念ながら冷えた果汁を持って来るような機転は坊ちゃんなので、ない。というか果物自体持ち込んでないのでどうしようもないのだが。
頭を揺らすだけで明滅する視界が落ち着き、立ち上がっても不快感が無くなった所で、
「すまない、もう大丈夫だ」
と声を掛けた。腰に吊った双剣を確認し、足を進める。
「・・・ああ」
ティルも手持ち無沙汰に揺らしていた棍を肩に掛け、リィが並ぶのを待って歩く。
互いにそれほど多くを語るタイプではない。
目的が目的であるし、だからこそティルは終始無言を通したし、リィも黙ってそれについて行く。
とすれば案の定道中はモンスターを殺戮する音と、時折放つ紋章魔法の詠唱の声、気合いのこもった一喝(一撃必殺の攻撃)など、限られたものになった。そんな
ジェノサイドな雰囲気
を振り撒きながら二人は美しい谷を進んで行く。
ちょっと異様だった。
そんな二人の進んだ道は、当然美しさも何もない、壮絶な所になるわけだが、その広がった血糊をぱしゃりと踏みつけ、彼らを追う影があった。彼らは気配を殺し、ティル達と距離はとりつつ決して離れない。そのまま奇妙な旅路は続いた。
心の、一番柔らかいところ、を抉る。
その痛みに唇を少し噛んで気を紛らわせ、ティルは飛び出して来たモンスターを棍の一振りで薙ぎ払う。伸ばし切った腕の横、懐に飛び込もうとして来た小さな獣をリィの双剣が阻んだ。
肩を並べて戦うことなど一度もなかったのに、不思議なくらいに息が合う、と思ってティルはそれを訂正した。息が合うのではない、合わせてくれている。まるで演舞を見るような動きにはリィの余裕が表れている。一寸の乱れも無い剣筋は計ったように敵の急所を突いたし、ティルの棍の動きを助けるように導くように足を進める。
150年。
途方も無い数字はティルにはまだ想像もつかない域の年月で。その日々の中、リィが何を思い、どう生きたか知る由もないティルは思いを馳せる。
『一生のお願いだよ』
くるくる変わる表情、言葉、声音。楽しければ盛大に笑ったし、怒られれば逃げ足は早かった。自分よりずっと子供っぽいとか、自分の方がきっと年上だとか、まるで勘違いばかり。そんな幼い自分をそれでも親友だと呼んでくれたテッドに、自分は何が出来ていたのだろう。
もう居ないテッドの事を思えば癒えない傷は一層痛みを主張し、右手が意思を持つように蠢く気すらする。
「あと、どれくらいだ?」
後ろから追いすがって来たモンスターを切り伏せ、流石に少し息の上がったリィが久々に口を開いた。
「あの角を曲がればすぐだ」
「・・・そうか」
頷いたリィは腰の袋から札を引っ張り出すと、背後に放つ。強烈な劫火が視界を埋めた。
突然の行動にティルは熱風から顔を庇い、目を細めた。
「そろそろ姿をみせたらどうだ」
魔力を失い崩れる札を手から払い落とし、再び双剣を構えるリィに、ティルも倣って棍を構えた。言われて初めて背後に迫るモンスターとは違う気配に気付いた。隠そうとしても滲む、人の気配。
炎の壁が消える寸前、飛び出して来た複数の影に舌打ちをしたのはどちらだったか。
リィの予想より追跡者は多かった。交差する剣戟の隙に盗み見たが、剣はどこかからの支給品のようで、その証明の紋章を潰してあるところから見ると後ろ暗い連中のようだった。言葉も話さず、服装もトランにありきたりな彼らはぐるりとティルとリィを囲み、剣を構えた。
調息しながらリィは双剣を揺らした。
***
ホント、お待たせいたしました!
ちょいとシリアスチックな感じです。