天
上
の
青
は
今
日
も
「リィ、準備はどうだ?」
数日ですっかりうちとけた(慣れたとも言う)ティルはリィを泊めている客室の扉を叩いた。
「問題ない」
応じる声と共に身支度を終えたリィが廊下に顔を出す。
その表情は明るく、珍しくいきいきとした笑顔を浮かべている。
「早朝、ここの上空を飛んだ影が竜か?」
窓を開けていたら翼音がして、大きな影が通り過ぎた!
「ああ、だが大きいといっても3人乗るのがせいぜいだ。中にはもっと大型も居る」
「そうか、それはすごいな!」
楽しみだ、と呟いて広間に向かうリィの腰に、見慣れないものを見つけてティルは思わず問うた。
「双剣?」
「ああ、場所が場所だから、必要だろう?」
全く普通に、リィは聞き返す。もはや彼には掃除道具が基本装備だと思い込んでいたティルには、非常に新鮮で異様な姿に見えたのだが、よくよく考えれば彼とて英雄(歴史はかなり遡るが)またあのファルーシュの強烈な戦闘力についていける少年なのだから、当然だろうと思い直した。
「と何だ?」
リィは剣以外にも腰に小さな袋を提げていて、歩くと雑多な音がする。
「おくすりとか、札とか?何が起こってもいいように」
「どこぞのグレミオか!」
非常食も入ってそうだ。
朝食を済ませ、案の定過剰な荷物確認をグレミオに繰り広げられ(地蔵とか竜印香炉まで持ち出してくる始末だ)、昼食まで持たされて(ピクニックではないと言うのに!)城に赴く。
庭には待ちかねた竜騎士と、スカルド提督が居た。提督は竜に目を奪われているリィを後目にティルに歩み寄り、ばんと背中を叩いた。
「この度はうちの者が勝手を申しまして、すみませんなぁ!まぁ同じ群島の者と申しましても政治的な接点も地位も、関わりある者ではありませんので、気兼ねなくお話くだされ!」
「はぁ・・・」
叩かれた背中がかなり痛い。押しの強さと勢い、ノリで生きてると感じさせる雰囲気は、どこか熊と呼ぶと怒るあの男に似ていると思いながら、不敬かとそれを撤回した。心中のことなので誰も咎めたりしないのだが。
リィが竜から離れて戻ってくる。どことなく隣の提督の身構える気配を感じる。
「スカルド殿」
「リィ殿、武器は大丈夫ですかな?」
躊躇うような、距離の取り方を計るような曖昧な口調。気にした風もなく、リィは応えて腰の得物を叩く。
「問題ない、助かった」
「何の、それよりですな・・・」
提督の予定では帰国前に観光(視察)に回る箇所があるらしく、城に居ない日が多いなど、今後の話をつけている。ティルは竜騎士に礼を述べながら遠巻きに様子をうかがった。二人はいくつか言葉を交わし、提督は城内へ、リィは竜の元に別れる。
竜騎士に示されて、リィが先に竜の背の籠に飛び込んだ。竜の息づかいに合わせて揺れる籠に興味深そうに眺め回してる。しばらくして準備が整ったのか、ばさ、と大きな揺れと音と共になんとも言えない浮遊感が襲う。
「ぅえっ・・・!?」
「リィ?」
「お、ぁ、わっ!!?」
ゆるく旋回したり、風に乗って高度を上げたり下げたり。その度にかかる重力と浮遊感に落下感。
船に無い揺れとごうごうと耳元でうなる風。叩き付ける風はある程度かごに防がれるとはいえリィが体験したことのない速度だ。
籠の隙間から覗く空の青さと翼の強力な羽ばたき、足下の生きた竜の気配、身じろぎ、そこから起こる不規則な揺れ。船の上とは全く違う不安定さに一気に血の気が下がった。
なんていうか、落ちたら死ぬ(当たり前)
「・・・・・・」
真っ青になって座り込んだリィに、
「・・・落ちないから、エキサイトしてかごから飛び出さなければ落ちないから」
なんなら縛っといてあげようか。
なぐさめにならない言葉しかかけられなかった。
この後二人は、グレミオに酔い止めをもらっておくべきだったと深く後悔するハメになる。
要はゲロったのだ。リィが。
青い空のはるか高みで、絶叫が響き渡る。
何より不憫なのはそんな二人を運ぶハメになった竜騎士のほうだったが。
***
気遣う必要の無いお坊ちゃんに気遣いの言葉は
ありませんでした。(どうなの)
別にリィに高所恐怖症の気はないんですけど・・・多分・・・。
すぐ慣れると思うんです。帰りにはわくわくしてるんじゃ?
(リィを何だと