式典が終わったからと言って、他国の使者がとんぼ帰りをするわけでは勿論ない。連日何かしらの理由をつけたパーティーは開かれているし、使者達は城に留まるだけでなく、観光と称した視察も頻繁に行う。これをどれくらい相手出来るかでその国の位置づけも変わってくるのだから、トラン共和国とて例外でなく、レパント夫妻はもっぱら忙しく立ち回っている。共にここまで来たスカルド提督も、アーメスの使者も今はそれぞれで国史として動いている。
 ファレナ女王国という大国の看板を背負って来たファルーシュもそこここから打算絡みの誘いをうけ(なかには恋情の混じる滑稽な誘いもあったが)、応じたり応じなかったり使者としての振る舞いをしつつ、着々と準備を整えていた。
 遊山と称した偵察の準備だ。すでにレパントにも断ってある(ファルーシュからの嘆願は国力の違いからしてもそうそう断れるものでもなかったが)レパントは敬意の表れか、一種の修行か(おそらく両方だろうとファルーシュは推測したが)案内役にシーナを回した。彼は嬉々として引き受け、意気揚々とファルーシュとカイルを各地へ案内してくれる。カイルとも見解や性格が近いことで意気投合しているようだった。(主に女性の話で盛り上がっている)
「そういえば、明日ですよファルーシュ殿」
 シーナが思いだしたように言った。
「ティルがリィ殿を連れて出かける日」
「ああ、うん、聞いているよ」
 今日は噂の古城にまで足を運んでいる。反乱軍の本拠地であったそこはその協力者として集まり合った雑多な人間がいまだ残って廃墟の街を復興に導いているらしい。戦乱に巻き込まれ、疲弊しきった他の街と違い生き生きと働く人々の目は希望に満ちている。どこかかつてのセラス湖の城を思いだす空気に自然とファルーシュの表情も和らいだ。


 この街の人々を見ていれば分かる。父殺しだの、魂を食らう紋章の継承者だの、どこまでも暗く重い噂しか流れないトランの英雄が、噂のような冷血漢では無い事が。彼はここで民を率い、国を憂う者達と共に進んだ。それがどんな血道であろうと、引き返す事は叶わなかった。それほどの重圧にたえ、身内を手にかけても国を今の平和へ導いたのだ。

 彼自身の心に深い傷を負いながら。そうしてそれを理解してくれる大人達に囲まれて、どうか自由に、と背中を押してもらえている。
 それが彼にとって嬉しい事か、或いは不快なことか、分からないけれど。



 道中はまだまだ荒れていて、盗賊や野党が横行していたが、そこは抜かりなく、トランからの護衛隊がすべて排除してくれる。正直なところファルーシュとカイルには必要のないものなのだが。(事実カイルはつまらなさそうに愛剣を揺らし、溜め息をついたりしていた)
「すみません、ホントはリィ殿には群島からのちゃんとした護衛、居らしたんですよね」
 あそこ、険しすぎて竜に乗れる人間しか連れていけなくて。
 自分で思いついてやって来た上に真の紋章持ちのリィに護衛などいらないだろうとファルーシュは思うが、その事実はファルーシュしか知らない。
 それを利用するんだけどね、と心で呟いて、殊更不安げな表情で微笑めば、慌てたようにシーナが続けた。
「あ、でもトランの兵も屈強ですから!万一のことなんてないですよ」
「そうだね、ティル殿も居る事だし」
「えーと、まぁ、・・・はぁ、」
 どこまでも分かり易い辺りはまだまだ要修行。ついでに言葉遣いもまだまだ。心の内でシーナに評価をつけながら、それをおくびにも出さず、ファルーシュはさりげなく話を逸らした。
「そういえば、カイル、道々妙な話を拾ったんだっけ?」
「え、あ〜あくまで噂ですよ〜?ん〜あんまりシーナ君には気持ちのいい話じゃないと思うけど・・・」
 シーナに聞かせてもいいのかどうか、迷う素振りを見せてからカイルは思わせぶりに口を開く。
「英雄殿の真の紋章って、奪うには宿ってる部位を切り離せばいい、って噂、ホントですかー?」
「え」
「その紋章、手に入れると人智を超えた力と不老の体になるなんてのも、裏でかなり触れ回られてるみたいでしたよ」
「ファレナの象徴の太陽の紋章は、宿主が死ぬと離れるけどね、アレは人を狂わせるから。・・・ティル殿の紋章は平気なんだな」
 どこまでも軽口の域を出ない口調で話はしていたが、シーナの表情は見る間に険しくなって行く。
「それって」
「うわさだよ、あくまでも。けれど、随分広がってるようだね」
 知ってた?とファルーシュは真顔でシーナを見つめた。そこから伝わる意思を受け取って、シーナは案内を辞し、街の官舎に向かって掛け去る。
 その情報は、あくまでもトランの人間から伝わらねばならないのだ。自国の内情をそれも下手をすれば醜聞の類いだ、他国に知られるなどもっての他。全ては秘密裏に処理されねばならない。暴動や襲撃を許すような事態を招くのは不足の至りである。
 大国同士の敷居はどこまでも高い。双方に融和の意思があろうともだ。
「・・・これも随分介入した形になってしまうかな」
 コレと言った肩書きを持たないリィは身軽だが、それはまた信憑性を失わせる。
「暴動は、起きてもらわないとならないのだけど」
 酷く物騒な台詞を呟いて、ファルーシュは笑った。
「・・・ファル、俺の役目ってもしかして・・・」
 カイルはこころもち青ざめた笑みを浮かべて問いかけた。
「カイルが居てくれて良かった、と言っただろう」
 得物を定めたような鋭い瞳、形のよい唇は笑みの形を保ったまま。
「今回の僕の従者には荷が重い」
 カイルは天を仰いだ。随分とあの軍師殿の影響を受けてしまったものだ。その秘匿主義が、彼の大事な妹を様々な局面で守ったのだろうけれど。


***
あんま私が頭よくないので
王兄殿下の知略が知略として機能するのか
非常に不安です・・・。