大広間は時刻を感じさせない光で溢れかえっている。壁際には間隔を置かず灯が灯されているし、テーブルの上、また遥か高い天井からはきらびやかなシャンデリアが垂れ下がり、硬質な光を振り撒いている。床はもちろんこの日の為に城中の人間が磨き上げ、戦の血糊の気配など感じさせない。召使い達は礼儀正しく賓客を迎え、戦直後の疲労を伺わせない豪奢なもてなしと、新国としての立ち位置を固める為の意思を強く表に出している。
 解放戦争の首魁であった六将軍の息子ならともかく、一都市の富豪でしかなかったレパントを侮る使者も少なくなかったが、そのほとんどが考えを改めざるを得ないと感じた。今トランを支えようと動いている上層部は解放軍の将ばかり、一丸となって押し進める勢いは強い。赤月帝国時代の将軍までもがそこに加わっているのだから、つけいる隙などどこにあろうか。
  正面の大扉をくぐり抜け奥の奥、もはや座る者を必要としない玉座だけが、トラン共和国という新たな国の門出を責めるように鎮座していたが、それが残っているのは、あるいはあの戦に関わった者の敬意の表れであるのかもしれない。


帝国最後の王は、確かに名君と名高き男であったのだから。



 各国の使節団はそれぞれその国縁の正装に身を包み、忙しく立ち回る召使いを後目に立食を楽しんでいる。招かれた国にもそれぞれ格があり、大国は大国同士、小国は小国と集まり合い、笑みと話術で互いを探り合う。

「そうですか、噂の英雄殿をこの目で拝見したかったのですがねぇ・・・」
「いやいや、此度の戦は何かと暗い話も多い。首魁として動かれたのはまだ20に満たぬ少年だというじゃありませんか。高名な将軍の息子とはいえ、重荷であったのでしょう」
 賞賛と憶測を織り交ぜ、さりげなく貶めるような口調を匂わせ「だからどうなのだ」と尋ねてくる使者に、レパントはゆるく首を振る。
「いいえ、彼が居たからこそ、我らはこうしてトラン共和国の開国を祝うまでになったのです。そこから先は、我らトラン国民がひとつとなって国を盛立てていくものでしょう。もちろん、野に下るも一つの道かと」
「まだまだ先のある、若い子を城に閉じ込めるのは哀れというもの。世界を見て、思うように動けるのは子供のうちだけですもの」
 レパントの横でアイリーンがこれまたおっとりと微笑めば、媚びず臆せず背筋の伸びた大統領夫妻に使者は結局頭を垂れるしかない。

 と、大扉の方からざわめきが近づいてくる。使いが一人、ざわめきの中心より先にレパントのもとに歩み寄り耳打ちした。それに鷹揚に頷くと、レパントはその頑強そうな体を一層ピンと張りつめさせ、アイリーンは笑みを深めた。周囲に集まっていた他国の使者も居住まいを正す。
 きらびやかな光と色の合間から、黒と金の衣装がのぞく。痩身を感じさせない存在感で場を圧倒する青年と、その横をレパントに負けず劣らず体格の良い、初老の男が快活に笑いながら歩む。青年を挟んだ反対側には頭部を特徴的な布で包む衣装の男。

 南の大国ファレナ女王国と、群島諸国にアーメス新王国、今回の賓客である。

「これはまた・・・」
「なんと、殿下直々のお越しとは・・・!」
「赤月帝国時代には国交があったと聞いてはいたが・・・」
「いやしかし、これは分からなくなりましたなぁ」

 他国の使者が小声で交わす言葉を耳に挟みながら、レパントはみずから歩み寄り、自分より遥かに若い青年に一礼する。
「此の度は、トラン共和国の開国式典にご足労いただき、国民を代表して歓迎いたします。ファルーシュ王兄殿下」
 背から伸びる赤い襷と、名君と名高き前ファレナ女王の血の濃い青銀の髪を揺らし、足を止めたファルーシュは、大統領の一礼を受け止め、凛と答えた。

「陛下本人の来訪はかないませんでしたが、代理として私ファルーシュ・ファレナスが言祝ぎ申します。我がファレナ女王国では、トラン共和国の成立とその繁栄を心よりお祈り申し上げるとの、女王の御意思を伝えに参りました」
 そうして微笑む表情は、他の感情を読ませない。そこらの使者とは段違いの大使だ、とレパントは思った。
 救国の英雄と名高いファレナの王兄が、王族とはいえこれほど見栄えのよい青年だったとは。

 女王国は総じて男王族の立場の弱い国と伝え聞くが、彼だけは別格であった。貴族の謀反を受け宮から追放された後、自身で軍を作り上げ傀儡と化した現女王を救い、10年足らずで体裁を整えるばかりか更なる繁栄を支える守護神。地に落ちかけた大国の名を更に高めたのも彼と、彼の妹の代だ。先代には敵国であったアーメスすらいまは友好国である。
「長きに渡った戦、民の強いられた苦難はいかばかりでありましたか。かつて王国であられた折りには私も訪れた記憶のあるこちらの城も、ずいぶん変わってしまわれた。しかしそれが民にとって良い変化であることを余所者ながら願わせて頂きます」

 貴国の向かわれる先が、繁栄と栄光の光のもとであるよう。

 言葉こそ誰もが繰り返す聞き慣れたものであったが、ファルーシュのその青い色の瞳に映る感情は真摯で、なにより胸を打つ力があった。そして周囲の使者への強烈な牽制にもなった。
 ファレナが例え口だけであってもトラン共和国を認め、レパントを大統領として据えることを容認した上、祝いの式典に自国の英雄である王兄を派遣したのだ。おいそれと見下せない。
 それを見越してか、それとも本心か。言祝ぎを述べた後のファルーシュは砕けた笑みを浮かべ、親しげな口調を作った。
「何はともあれ、この城にはよい人材が沢山おられるようだ。英雄殿のひとり欠けた所で支障ありませんでしょう」
「新たな国の門出、心よりお祝い申し上げる!さて、堅い挨拶は最初だけにしておきましょう!今回の英雄殿はご不在のようだが、まぁ子供は子供らしく自由に遊び回っているのがよろしい!」
「そうですね、私もこういった式典は苦手で、よく抜け出す手だてを考えたものです」
 群島諸国の使節が快活に笑えば、ファルーシュも朗らかに微笑む。どこまでも本心を見せない笑みは、レパントにとって非常にやりにくい相手ではあったが、一瞬合った目には確かに好意があったように思える。
 ファルーシュの軽口に会話の口実を得ようとする他国の使者が群がる。
「はて、大国ファレナ女王国であれば祭典儀式なども多ございましょう?」
「長の歴史を誇る国であらば儀礼形式も深うありましょうに」
 それを笑顔で応対しながら完全に場の空気を染め変えてしまうファルーシュを横目に、レパントはアイリーンを連れ添って集団から距離をとり、しみじみ呟いた。
「まったくもって、見事な英雄殿だ。この式典を足場に北へ進んでくるように見えるか?アイリーン」
「いいえ、こちらの器量を量っておられるのかしら、とは思いますけれど。・・・敵いませんわね、あなた」
「・・・うむ」
 もう一度集団へ目をむけ、それを大きく見開いた。
 見慣れた、けれどここに居ない筈の姿を見た気がしたからだ。
「マクドール殿・・・?」

***
ものすごい気合い入ってます。てかものすごい気合い入れました。(2回!)
殿下最大の魅せ場!!(違う)彼が広間に入った瞬間室内の明るさは1.7倍増しですよ(微妙)
本人にその気はなくとも完全にトランの夫妻を壁に追いやってます。
ここが書きたかったんです!!!(いいから)
さ、逝ってきます・・・