「・・・いいなぁ」

「は?」
 案内の女官に貴賓室の室内に通されながら、ぽつりと呟いた言葉を、優秀な女官は聞き逃さなかったらしい。
「ああ、いえ。ティル殿には面識があったので、声を掛けてみたのだけど、本当に普通の少年だな、と」
 自国の英雄のことだから水をむければ色々話してくれるかと思ったが、女官はそうですね、と応えたきり、仕事を終えれば楚々と出て行った。よほど箝口令が徹底しているのか。

 16程の少年が首魁として行ったにしては、あの解放戦争は血なまぐさい噂がいくつかあった。
 その最たるものが「父殺し」だ。赤月帝国を守護する六将軍の一人、テオ・マクドールと解放軍の軍主が親子であった事は、唄うたいが戯れに口ずさむくらいに有名だ。それを美談と見るものも多いが、自身の経験を思っても、誉められて嬉しい事であるはずがない。それを鑑みての箝口令であるのだろうと、ファルーシュは大統領への好感を上げた。
 十数年ぶりにみた少年は、黒髪と黒目が凛とした意思の強そうな子に育っていた。
 その姿を再び脳裏に描いて、重く溜め息を吐く。
「うらやましい」
 椅子に勢い良く座れば、あとを追ってふわりとゆれる銀の髪。

『すっげー美人!』

 手甲を外して、手首を掴めば一周してあまる指。

『男!?』

 眉間に深くしわが寄った。顔を合わせる誰もがまず最初に自分の顔を褒めるのははっきり言ってもう十分だった。「救国の英雄」なんて称号ももっているのに、武勇より顔。
 それを武器にして政治を操ったことも勿論少なくはないが。むしろこの顔があったからこそ動いた世情も多くある。

 けれども。

「ああ母上。私はやっぱり父上に似たかったです・・・」

 ティルは間違いなく、同年代だった頃の王子より体格が良かった。



 思い起こせば十数年前。初めて会った時のティルも自分より大きかった気がする。

 アルシュタートが太陽の紋章を宿した年。時を同じくして赤月帝国も、継承戦争に南部同盟の侵攻と争乱が続き、今回のトラン共和国のように、事態を遠巻きに眺めていた諸国を招き、腹の探り合いをした。
 ファルーシュは当時14歳、自身の曖昧な立場に悩みつつも道を探り、日々勉学を惜しまなかった頃。  父に誘われるまま、勿論好奇心も探究心も十分な少年だったファルーシュは、祭典にかこつけて他国へ向かえる事を喜んだ。大人の事情も少しは理解出来る年齢であったから、父の邪魔にならないように振る舞う事は忘れなかったが。
 自身の家である太陽宮、その謁見の間で行われる祭典と異なり、文化も雰囲気も北国らしくもしくは男性的というのだろうか、無骨な雰囲気を、ファルーシュなりに楽しんだ。
 父は他国の使者と話をするのが仕事だったし、そばに居ても邪魔にしかならない。勿論フェリドは誰彼かまわずファルーシュを紹介したし、自慢もした。それは今から思えばファルーシュの今後のつなぎに、という意図もあったのかもしれないが、まだ子供のファルーシュには気恥ずかしいものでしかなかった(特に自慢が)ので、早々に退散して人波を泳ぐように広間をめぐり、やがて疲れて壁際に寄り、きらびやかな人々を見つめる事にした。


 が、そこはやはりまだまだ子供。
 ものの数分で飽きた。
 飽きたはいいが、他に何かするわけにも行かず、いっそのこと父の冗談「男ならお忍びで街に繰り出し、世間を知るのも悪くないぞ!はっはっは!!!」を真に受けた事にして、「初体験☆異国情緒あふれる夜のグレッグミンスターおしのび観光〜お付きはいらないヨ〜」を実行に移すべきか真剣に考え出す始末だ。(ネーミングセンスの悪さは気付いていない)
 ただしいくら子供とはいえ、賓客ばかりのこの広間は警護も堅い。明らかに目的が定まっている男女であったりすれば見逃さざるを得ないが、ファルーシュが誰かと広間からそんな目的っぽく出て行けば即刻国際問題に発展する。むしろ父フェリドの暴走が恐ろしい。
 つらつらと脱出策を思い浮かべながら、壁沿いに広間を彷徨えば、自分より更に幼い子供がしゃがみこんでいた。
 壁にかかった緞帳の、丁度柱に束ねられたその影に。


 黒髪黒目の凛とした、それが当時7歳のティルであった。
***

み、短い・・・?
殿下と坊ちゃんの出会い編。次でオチます。(え
けっこう殿下も幼い頃は不良騎士の影響で活発だったんじゃないかなって☆