天
上
の
青
は
今
日
も
「なー、ホントに出ねぇの?式典」
「くどい、シーナ」
ほんの数ヶ月前には血に塗れ、泥にまみれた姿で走った回廊を、今はゆったりと歩く。モンスターの徘徊していた城はいまやかつての威容を取り戻しつつあった。
勿論壁にかかる布の意匠や、調度品などはあの頃から随分変わった。国の威信がかかっているからそうそう質の悪いものではないが、やはり戦後の財政難を繁栄していささか質素といわざるを得ない。
「でもさ、お前がいるのと居ないのとではやっぱり全然違うぜ?他国の連中だって、ほとんどお前目当ての物見遊山だろうし」
「冗談じゃない」
きっぱり言い捨てたティルに、シーナは深く溜め息を吐いた。隣を姿勢も乱さず凛と歩くティルが、その実深い悔恨を抱えているのに気付ける人間はそれほど多くない。どれほど重くても、捨てられない意思が右手に宿っていることも。
「レパントが居るだろう、他にも残ると言ってくれてる人は頼りになる者ばかりだ。僕みたいな子供は足手まといだ」
「そりゃー、でもやっぱ居ると居ないじゃ民の感情がさー」
城にはぞくぞくと他国の特使が集まり出している。前情報として、シーナがトラン共和国の大統領息子であるというのは周知なのだろう、きらびやかに国の装束をまとった使者が、一礼を送ってくる。
ティルの姿は平素と変わらず、平民のような服であったことと、今回の「英雄」の情報はことごとくレパントが封鎖したおかげでほとんど漏れていないことから、大概の視線は素通りしていく。
「自分の父親だろう、信頼しろよ」
ティルのその言葉はとても重い。さすがに反論できなくなったシーナは視線をさまよわせ、城内の喧噪をよそに沈黙が落ちた。のも短い時間で、あちこちに視線を送っていたシーナは思わず口笛を吹いた。城内であった事と、人目も多かったのであわてて口をふさいだが。
「何」
「すっげー美人!」
「は?」
先ほどまでの重い会話はどこへやら、シーナはテンションも高くティルに訴える。
「あの黒と金の衣装!あれ多分えーっと・・・そう!ファレナだ!南のファレナ女王国!へぇ、元赤月とはいえ、こんな北の国にわざわざ女王騎士が来るなんてなぁ」
廊下の少し先、賓客用の部屋の前に立つ人を、気付かれないよう指差す。
「近衛兵みたいなものか?」
「親衛隊みたいなもんだ。エリート中のエリートしかなれない。すっげー、美人で剣も紋章も一級かぁ」
すらりと伸びた背は父の部下であり、戦時下ではティルの下でも働いてくれた騎士のアレンより少し低いくらいか、肩まで伸びた銀の髪はゆるやかな波を描き、窓からの光をきらきらと受け止めている。細身の体を黒を基調にした騎士服につつみ、背中から赤い襷が伸びていて、腰には見慣れない赤い武器と思しきものを下げている。
「あっ、こっち来る!」
シーナが丸まりがちだった背筋をのばした。案内の女官と一言二言言葉を交わしたかと思うと、女官も従者も留め置いて、まっすぐこちらへ向かってくる。
「レパント大統領のご子息、シーナ殿ですね」
低くも高くもない声は無骨な騎士の名に似合わないくらいに柔らかい。
「はぁ、まぁ」
「この度は式典への招待、ありがとうございます。我が女王の代理としては役不足でありましょうが、ファレナ女王国の代表として、お祝いと繁栄をお祈り申し上げる」
「どっどーも・・・」
もう少しましな受け答えは出来ないのか!とティルは心の中でシーナを蹴飛ばした。武将の息子ということで、ティルも多少は宮廷に居たこともある。自分自身は貴族の腹のさぐりあいのようなやりとりは好まないが、場においての礼儀というものある。
しどろもどろな返答を受けた貴族の反応はよく知ってる。鼻で笑うまではしないものの、瞳に軽蔑を浮かべて微笑するのだ。そして影で徹底的に馬鹿にする。ファレナという大国の使者も、おそらくそうだろうと眉をよせて見れば、相手は少し苦笑を浮かべただけだった。そしてそのまま去るかと思いきや、ティルの方に視線を向けた。
「ティル・マクドール殿」
「えっ」
「あなたの邸宅に私の知人が一人、あなたの許可無く滞在してしまっているんだ。家人の方の許可は得ているのだが、もし不都合があればいつでも引き取るので、言ってほしい」
なんだそれは。いつから僕の家は大国ファレナの貴族と関わるような家になったんだ。
「はぁ、その・・・ぼ、私の家でなければならなかったのですか」
シーナの事を馬鹿には出来ないな、と遠く思う。幼い頃居た宮廷の貴族とは、なんというか格が違う。
近くに居るだけで、圧倒されるような、惹き付けられるような感じがする。顔の美醜とか、体格とかそういうものに左右されない、気というものが備わってる人だと思った。そしてそれにふさわしく美人(という表現以外浮かばない)なのだから、信じられないくらいに輝いている。
それでも何とか口調を整えて(それでも他の底意地の悪い貴族には十分物笑いの種になっただろうと思ったが)聞き返す。相手は、どう言ったらいいやら、というように片手を顎にあてて首を傾げた。
「あなた、というかあなたと縁の深い人に会いに来たと、本人は主張していたんだけど」
家人の反応を見る限り、迂闊にテッドという名を口にしていいものか、ファルーシュは悩んだ。
のは一瞬で、我関せずを貫く事にする。他人の傷を抉るのは、抉られた経験を持つファルーシュにとって選ぶまでもなく除外すべき選択肢だ。
「縁・・・ですか。わかりました、一度お会いしてみます」
「ところで、あなたは式典には出られないのかな?」
それでは、と上手く切り抜けられそうだと安堵しかけた瞬間、さらりと転換された話題に、ティルは詰まった。目を横に移せば、シーナが期待満面でうなづいている。援護は期待できなさそうだ。
「いえ、あまりそういった宴には」
「そうだね、見世物になるだけだからやめたほうがいい。他国の使者など、相手の弱みを握ることが目的だと言っても過言じゃない」
「・・・・・・」
まさかあっさり肯定どころか推奨されるとは思わなかった。噂をより誇張させるような英雄譚を求められるか、期待はずれと失笑されるだと身構えていたのだが。
「あなたも、使者のおひとりじゃないんですか」
確認するようにおそるおそるシーナが突っ込んだ。それに微笑で応えて、幾分砕けた口調になる。
「その通り。だから式典では遠慮なく動かさせてもらうよ。ティル殿には一度会った事もあるし、まぁそれ以外にも縁がないわけじゃないからね」
自分が言いたい事を言い終えたら去るのは、普通の貴族と何ら変わりはないな、とぼんやり思いながらティルとシーナは女王騎士を見送った。
「なぁティル」
「何」
「お前あの人に会ったことあるのか?」
「・・・記憶にない」
まずそこか!!とむしろシーナにツッコミたかったが、結局ティルもファルーシュの発言に思い当たる節はなかったので首を傾げるだけだった。
「とりあえず、あの人の知人とやらに会いに戻るか」
なおもしつこく食い下がるシーナに見切りをつけ、早々に城をあとにした。
***
坊っさーん!!!この修羅場に何してんだー!(自分にな!!
また暫し篭ります・・・
ていうかアレだ、坊ちゃんてばツッコミ気質??